2013年02月01日
イタリア帰省 Vol.11
【2013年1月5日(土)~6日(日)】
帰国の日。
朝早くからバッボが台所で何かを作ってくれていた。
マチェドニアと焼き栗だった。
その背中は寂しそうだった・・・
ノンナとツィアのお墓を参り、家族で昼食をとり、13時に家を出発。
見送りに来てくれたのは姉夫婦とマンマ。バッボは家をでるときに一人静かに泣いていた。
次回は何年後に会えるのだろう。胸がつまる思いだ。

ローマまでは高速を使っても3時間はかかる。制限速度いっぱいの130キロのスピードで車を走らせた。
空港には出発時間の3時間前に到着した。
チェックインを済ませて空港内を散策。
別れの時間が刻一刻とせまる。
いよいよゲートに行かなければならない時間になった。
もう先が見えないぐらい、どうしようもなく涙があふれてくる。
ゲートに向かう観光客たちは、泣いている私たちを不思議そうに見ながら通り過ぎて行く。
ここからが戦いだ。
荷物の厳しいチェックと移動の連続。
機内では夕食をめぐって目の前でCAが喧嘩を始めた・・・
喧嘩の内容は中国語なので聞き取れないが、彼女たちのジェスチャーで大体わかった。
どうやら一人のCAのカートに2種類の機内食のうち、鶏肉が切れてしまったようだ。それで仲間のCAに
CA①「鶏肉ちょうだい」
CA②「あなたにあげたら私の持ち分が足らなくなるじゃないの!」
CA①「でもこちらも困っているのよ、協力したっていいじゃない!」
CA②・・・鶏肉の器を放り投げて渡した
CA①・・・無言で回収
この光景を目の当たりにし、食べた気がしなかったのは言うまでもない。
こうして日付が変わって翌6日の21:20に成田に到着した。
荷物を受け取り、チェックをして空港をあとにした。
自宅に到着したのは23時をまわったころ。
翌日には仕事が控えている。急いでシャワーを浴び、お土産の仕分けが終わったのは深夜2時を過ぎたころだった。
こうして、ようやく長い旅が終わった。
帰国の日。
朝早くからバッボが台所で何かを作ってくれていた。
マチェドニアと焼き栗だった。
その背中は寂しそうだった・・・
ノンナとツィアのお墓を参り、家族で昼食をとり、13時に家を出発。
見送りに来てくれたのは姉夫婦とマンマ。バッボは家をでるときに一人静かに泣いていた。
次回は何年後に会えるのだろう。胸がつまる思いだ。

ローマまでは高速を使っても3時間はかかる。制限速度いっぱいの130キロのスピードで車を走らせた。
空港には出発時間の3時間前に到着した。
チェックインを済ませて空港内を散策。
別れの時間が刻一刻とせまる。
いよいよゲートに行かなければならない時間になった。
もう先が見えないぐらい、どうしようもなく涙があふれてくる。
ゲートに向かう観光客たちは、泣いている私たちを不思議そうに見ながら通り過ぎて行く。
ここからが戦いだ。
荷物の厳しいチェックと移動の連続。
機内では夕食をめぐって目の前でCAが喧嘩を始めた・・・
喧嘩の内容は中国語なので聞き取れないが、彼女たちのジェスチャーで大体わかった。
どうやら一人のCAのカートに2種類の機内食のうち、鶏肉が切れてしまったようだ。それで仲間のCAに
CA①「鶏肉ちょうだい」
CA②「あなたにあげたら私の持ち分が足らなくなるじゃないの!」
CA①「でもこちらも困っているのよ、協力したっていいじゃない!」
CA②・・・鶏肉の器を放り投げて渡した
CA①・・・無言で回収
この光景を目の当たりにし、食べた気がしなかったのは言うまでもない。
こうして日付が変わって翌6日の21:20に成田に到着した。
荷物を受け取り、チェックをして空港をあとにした。
自宅に到着したのは23時をまわったころ。
翌日には仕事が控えている。急いでシャワーを浴び、お土産の仕分けが終わったのは深夜2時を過ぎたころだった。
こうして、ようやく長い旅が終わった。
Posted by pippo at 00:22│Comments(0)
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